続けることは、いいことだとされている。
「継続は力なり」という言葉もあるし、何かを長く続けている人は、それだけで少し立派に見える。
僕自身、長く続けているものがいくつもある。
だから、続けることでしか見えない景色があることも知っている。
でも最近、ときどき思う。
続けることは、いつからそれ自体が目的になったんだろう。
始めた頃は、やりたかったからやっていた。
面白かったから続けていた。
そこには、もっと単純な理由があったはずだ。
ところが長く続けていると、少しずつ理由が変わってくる。
ここまで続けたから。
途中でやめるのはもったいないから。
周りが期待しているから。
やめたら負けたような気がするから。
気がつくと、
「やりたいから続ける」
ではなく、
「続けてきたから続ける」
になっていることがある。
もちろん、面倒だからやめることと、自分で考えてやめることは違う。
うまくいかない時期を越えた先に、面白さが戻ってくることだってある。
だから、簡単にやめればいいという話でもない。
ただ、
続けることを評価する言葉はたくさんあるのに、
やめることを評価する言葉は、あまり多くない。
何かを始めた自分と、
それを続けてきた自分と、
もう終わりにしようと考えている今の自分。
全部、同じ自分だ。
昔の自分が決めたことに、今の自分がずっと従い続ける必要はないのかもしれない。
続けた年月は、やめた瞬間に消えるわけでもない。
そこで得たものまで、なくなるわけでもない。
だとしたら、ときどき確かめてもいい。
僕はいま、やりたいから続けているのか。
それとも、続けてきたから続けているのか。
続けるか、やめるか。
その答えよりも、
自分がどちらの理由でそこにいるのかを知ることのほうが、大切なのかもしれない。
