不良品が出ない。
クレームがない。
設備のトラブルがない。
社員から不満の声も上がってこない。
そんな会社があったとしたら、とても良い会社に見える。
もちろん、問題が起きないことは望ましい。
問題が少ないというのは、日々の改善や努力の成果かもしれない。
でも、少し気になることがある。
問題が起きていないことと、問題が見えていないことは、同じではない。
例えば、製造現場で不良が発生したとする。
担当者は上司に報告する。
すると、
「なぜこんなことになったんだ」
「ちゃんと確認したのか」
「前にも同じことがあっただろう」
と厳しく注意される。
もちろん、原因を確認し、再発を防ぐことは必要だと思う。
でも、報告するたびに叱責されるような環境だったら、どうなるだろう。
小さな異常なら、自分で何とかしようとするかもしれない。
報告するほどではない、と判断するかもしれない。
場合によっては、問題が表面化しないように振る舞う人も出てくる。
その結果、報告される不良件数は減る。
数字だけを見れば、品質が改善したように見える。
でも、実際に問題が減ったのかどうかは分からない。
これは、製造現場に限った話ではない。
社員から改善提案が出てこない。
会議で反対意見が出ない。
上司への相談が少ない。
顧客からクレームが来ない。
そうした状態を、問題がない証拠として受け取ってしまうことがある。
でも、もしかすると、
提案しても変わらないと思われているのかもしれない。
反対意見を言いづらいのかもしれない。
相談しても意味がないと思われているのかもしれない。
顧客は不満を伝えず、静かに離れているのかもしれない。
声が上がらないことは、必ずしも満足していることを意味しない。
では、問題がたくさん報告される会社は、悪い会社なんだろうか。
もちろん、問題の内容や深刻さによる。
ただ、小さな異常や違和感が日常的に共有されている会社は、それだけ問題を発見する機会が多いとも考えられる。
問題が起きてから対応するだけでなく、問題になりそうなことを早い段階で見つけられる。
そんな組織のほうが、結果として大きなトラブルを防げる場合もある。
だから、問題の件数を減らすことだけを目標にすると、少し危うい気がする。
本当に減らしたいのは、問題そのものなのか。
それとも、報告される問題の数なのか。
この2つを混同してしまうと、改善しているつもりで、問題を見えにくくしてしまうかもしれない。
問題がない会社を目指すことと、問題を見つけられる会社をつくること。
どちらも大切だけれど、同じことではない。
問題が少ないという数字を見たときほど、一度考えてみたい。
その会社では、問題が起きたとき、安心して「問題が起きました」と言えるだろうか。
