「誰でもできる仕事」にすることが、正解なのか

「仕事の属人化をなくしたい」

会社の業務改善では、よく聞く話だ。

特定の社員しかできない仕事がある。

その人が休むと、仕事が止まってしまう。

担当者によって、作業時間や品質にばらつきがある。

だから、作業を標準化する。

マニュアルを整備する。

誰が担当しても、同じ結果が出るようにする。

製造業では、特に大切にされてきた考え方だと思う。

僕自身も、長くそうした仕事に関わってきた。

でも、最近は少し違うことも考えるようになった。

すべての仕事を、誰でもできるようにする必要があるんだろうか。

例えば、製造現場で同じ製品を繰り返し加工する仕事がある。

作業者によって品質が変わってしまうのは困る。

安全性や品質を守るためにも、標準化には大きな意味がある。

一方で、製造工程そのものを改善する仕事はどうだろう。

現場を観察する。

問題の原因を探す。

改善方法を考える。

設備や工程の変更を判断する。

こうした仕事では、担当者の経験や知識、ものの見方によって、結果が変わることがある。

同じ現場を見ても、気づくことが違う。

同じ問題に対しても、考える方法が違う。

それは、必ずしも悪いことではないと思う。

むしろ、人によって違うことが、その仕事の価値になっている場合もある。

もちろん、特定の人にしか分からない情報を放置しておくことは、組織にとってリスクになる。

判断の根拠や、仕事の進め方を共有することも大切だ。

でも、情報を共有することと、全員が同じ判断をするようにすることは違う。

経験豊富な人の判断を、すべてマニュアルに置き換えようとしても、難しいことがある。

そして、無理に同じやり方にそろえることで、その人ならではの工夫や発想が失われてしまう可能性もある。

最近では、AIを使って仕事を標準化したり、経験の浅い人でも一定の成果を出せるようにしたりすることが可能になってきた。

それ自体は、とても便利なことだと思う。

ただ、AIによって誰でも一定の成果を出せるようになったとき、今度は別のことが気になってくる。

誰でもできるようになった仕事の、その先にある価値は何だろう。

仕事には、同じ結果が出ることに価値があるものと、人によって違う結果が出ることに価値があるものがある。

その違いを考えずに、すべてを標準化しようとすると、会社の強みまでなくしてしまうかもしれない。

属人化をなくす。

標準化を進める。

その前に、一度考えてみたい。

その仕事は、本当に誰がやっても同じであるべきなんだろうか。

玉井 安行 / ホームポジションデザイナー

南信州を拠点に、小さな会社や経営者の「整理しきれないこと」を一緒に考える仕事をしています。

事業、採用、Web、生成AIなど、テーマはさまざま。でも、すぐに答えを出すのではなく、「そもそも何が問題なんだろう?」というところから考えることを大切にしています。

経営や仕事について、誰かと一度整理してみたいことがあれば、ご相談ください。
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