「もっとシンプルに考えればいい」
「気にしなければいい」
「嫌ならやめればいい」
「もっと力を抜けばいい」
どれも、たぶん間違ってはいない。
言っていることも分かる。
自分でも、そうできたらいいと思う。
でも、ときどき思う。
できたら、とっくにやっている。
人は、正しい答えが分からないから動けないとは限らない。
答えなんて、とっくに分かっていることもある。
運動したほうがいい。
早く寝たほうがいい。
仕事を抱えすぎないほうがいい。
子どもに口を出しすぎないほうがいい。
合わない人とは距離を取ったほうがいい。
それでも、できない。
そんなときに、さらに正しい答えを渡されても、たぶんあまり意味がない。
これは仕事でも同じかもしれない。
「もっと社員に任せましょう」
「会議を減らしましょう」
「無駄な仕事をやめましょう」
「経営者は現場から離れましょう」
外から見れば、そうしたほうがいいことはいくらでも見つかる。
でも、その会社がそうなっているのには、何か理由がある。
任せられなくなった出来事があったのかもしれない。
会議を増やさなければならなかった時期があったのかもしれない。
経営者が現場に立ち続けることで、会社を守ってきたのかもしれない。
今となっては必要のないものでも、
それが必要だった時間まで否定することはできない。
だから僕は、
「どうすれば変えられるか」
を考える前に、
「なぜ、今までこうしてきたんだろう」
を考えてみたい。
変われないことには、
意志が弱いとか、能力がないとか、
そんな言葉だけでは説明できない理由がある。
正しい答えを渡すより、
その理由を一緒に見つける。
もしかすると人が動き始めるのは、
そのあとなんじゃないだろうか。
