仕事をしていると、
「これはAIにはできない」
という言葉を耳にすることがある。
人間にしかできない判断。
人間にしかできない創造。
人間にしかできないコミュニケーション。
確かに、今のAIには難しいこともある。
でも、その境界線は少しずつ動いている。
昨日までできなかったことが、今日はできるようになっている。
しかも、その変化はかなり速い。
そう考えると、
「AIにはできないから、人間がやる」
という説明は、これからどんどん難しくなっていくのかもしれない。
文章を書く。
デザインをする。
相談に乗る。
問題を整理する。
何かを教える。
これまで人間が仕事としてきたことの多くを、AIができるようになってきた。
もちろん、現時点では人間のほうが優れている場面もある。
でも、その優位性がいつまで続くかは分からない。
もし、AIのほうが速く、安く、正確にできるようになったら。
それでも人間に頼む理由はあるんだろうか。
最近、そんなことを考える。
例えば、何かに悩んでいるとき。
AIに相談すれば、かなり的確な答えが返ってくる。
何度聞いても嫌な顔をしない。
時間も気にしなくていい。
それでも、誰かと直接話したくなることがある。
答えが欲しいだけなら、AIで十分かもしれない。
でも、誰かに聞いてほしい。
一緒に考えてほしい。
その人がどう感じるのかを知りたい。
そんな理由で、人と話すこともある。
音楽も似ている。
AIが演奏し、歌い、楽曲をつくる。
技術的には、人間より優れたものが生まれるかもしれない。
それでも、目の前で誰かが演奏している姿を見たいと思うことがある。
その人の音楽を聴きたいと思うことがある。
それは、演奏の正確さや完成度だけでは説明できない。
だからといって、
「人間には温かみがあるから」
という言葉だけで片づけたくもない。
人間と関わる理由は、もっと人それぞれで、曖昧なものなのかもしれない。
仕事でも同じことが起きるように思う。
AIに任せれば済むことを、あえて人に頼む。
AIと考えれば答えが出ることを、誰かと一緒に考える。
その選択には、これまでとは違う理由が必要になる。
「AIにはできないから、人間がやる」
ではなく、
「AIにもできるけれど、人間とやりたい」
そう思ってもらえるかどうか。
これから人間が仕事をする意味は、能力の差だけでは説明できなくなっていくのかもしれない。
そして、もうひとつ気になることがある。
人間と関わる理由を、そもそも言葉で説明する必要があるんだろうか。
「この人と話したい」
「この人と仕事をしたい」
それだけで成立する仕事があってもいい。
AIが何でもできるようになったとき、
人間の価値は、AIにできないことを探す先にあるのではなく、
誰かが、それでも一緒にいたいと思うところに残るのかもしれない。
