会社には、たくさんの数字がある。
売上。
利益。
問い合わせ数。
応募数。
離職率。
生産数。
不良率。
残業時間。
数字は便利だ。
良くなったのか、悪くなったのかが分かる。
目標も立てやすい。
だから、数字を見ながら改善していくことは大切だと思う。
でも、ときどき気になる。
僕たちは、
測れるものばかりを改善しようとしていないだろうか。
たとえば、離職率が上がった。
数字として見えるから、
離職率を下げようと考える。
面談を増やす。
福利厚生を見直す。
研修をする。
でも、
社員同士の空気が悪くなっている。
上司に相談しづらい。
仕事に意味を感じられない。
小さな不満を言えなくなっている。
そんなものは、数字にはなかなか表れない。
あるいは、表れたときには、
すでに誰かが辞めたあとかもしれない。
売上も同じだ。
売上が下がれば、数字ですぐに分かる。
だから営業を強化する。
広告を増やす。
新商品を考える。
でも、
お客さんが以前ほど喜ばなくなっている。
現場が疲れている。
会社らしさが少しずつ失われている。
そんな変化は、数字になるまで時間がかかる。
数字が悪いわけではない。
むしろ、経営には必要だと思う。
ただ、
数字になっているものは、
会社で起きていることの一部でしかない。
そして少し厄介なのは、
数字があるものほど、
「問題」として扱いやすいことだ。
数字が悪い。
だから改善する。
数字が良くなった。
だから成功した。
とても分かりやすい。
一方で、
「最近、なんとなく会社の雰囲気が変わった気がする」
という話は扱いづらい。
根拠は?
データは?
数字で示せる?
そう言われると、
小さな違和感は消えてしまう。
でも、
大きな問題の始まりは、
案外そんなところにあるのかもしれない。
数字を見ることと、
会社を見ることは、
同じではない。
測れるものを改善するだけでなく、
まだ測れていないものに気づくこと。
経営には、
そんな時間も必要なのかもしれない。
