何かを相談されたとき、すぐに答えられる人は頼もしく見える。
経験が豊富で、知識もある。
状況を聞けば、すぐに解決策を提案できる。
仕事では、そうした能力が評価されることも多いと思う。
特に、問題が起きているときは、できるだけ早く解決したい。
だから、答えを出すまでの時間は短いほうがいい。
それ自体は、間違っていないと思う。
でも、少し気になることがある。
早く答えを出すことと、正しい問題に答えることは、同じではない。
例えば、ある会社から、
「社員の残業を減らしたいので、業務を効率化したい」
という相談があったとする。
そこで、作業時間を調べる。
無駄な工程を探す。
AIやシステムで自動化できる仕事を見つける。
そして、改善案を提案する。
確かに、残業を減らすための方法としては自然な流れだと思う。
でも、もし残業が増えている原因が、仕事の進め方ではなかったらどうだろう。
顧客からの急な依頼を、すべて引き受けているのかもしれない。
管理職が判断を先延ばしにすることで、現場の仕事が止まっているのかもしれない。
あるいは、そもそも今の人数では対応できない量の仕事を受けているのかもしれない。
そうだとすると、個々の作業を効率化しても、残業は思ったほど減らない可能性がある。
解決策が間違っているのではなく、最初に設定した問題が違っていた。
そんなこともあると思う。
これは、AIを使う場面でも同じだ。
AIは、与えられた問いに対して、驚くほど速く答えを返してくれる。
文章も書ける。
資料もつくれる。
改善案も考えてくれる。
でも、最初の問いが適切でなければ、どれだけ完成度の高い答えが出てきても、望んでいた結果にはつながらない。
むしろ、答えが立派であるほど、その方向で進めてしまいやすいのかもしれない。
だから、僕は相談を受けたとき、すぐに解決策を考える前に、少し確認したくなる。
なぜ、それをやりたいのか。
何に困っているのか。
どうなれば、解決したと言えるのか。
そもそも、それは解決すべき問題なのか。
そうしたことを聞いていると、最初の相談とは違うところに問題が見つかることもある。
もちろん、何でも疑って、いつまでも考え続ければいいわけではない。
すぐに対応しなければならない問題もある。
十分に状況が分かっているなら、早く答えを出したほうがいい。
ただ、早く答えを出すことを優先するあまり、何に答えようとしているのかを見失いたくない。
答えを出す能力は、これからますます身近なものになっていくと思う。
だからこそ、答えを出す前の段階に、もう少し時間を使ってもいいのかもしれない。
問題をどう捉えるか。
何を問いとして設定するか。
その問いに答えることで、本当に望んでいる状態に近づけるのか。
答えの質を高める前に、問いの質を確かめる。
僕は、そんな姿勢で仕事をしていきたい。
