業務改善によって、作業時間が半分になった。
これまで2時間かかっていた仕事が、1時間で終わるようになった。
新しい設備を導入したり、作業手順を見直したり、最近ではAIを活用したり。
さまざまな方法で、仕事の効率を高められるようになってきた。
それ自体は、とても良いことだと思う。
でも、少し気になることがある。
仕事を効率化したはずなのに、なぜか以前と同じくらい忙しい。
そんなことはないだろうか。
例えば、ある会社で、毎日2時間かかっていた事務作業を1時間に短縮できたとする。
これまでと同じ仕事が、半分の時間で終わる。
本来なら、1時間の余裕が生まれるはずだ。
ところが、その時間に別の仕事が入ってくる。
後回しにしていた作業を片づける。
新しい報告資料をつくる。
別の部署の仕事を手伝う。
気がつけば、空いた時間はすっかり埋まっている。
そして、しばらくすると、
「もっと効率化できないだろうか」
という話になる。
もちろん、空いた時間を別の仕事に使うことが悪いわけではない。
新しいことに挑戦できる。
顧客への対応を充実させられる。
これまで手が回らなかった仕事に取り組める。
そうした使い方にも意味があると思う。
ただ、ここで考えてみたいことがある。
改善によって生まれた時間を、何に使うか決めていただろうか。
そもそも、なぜ業務改善を始めたんだろう。
残業を減らしたかったのか。
人手不足を補いたかったのか。
生産量を増やしたかったのか。
社員が余裕を持って働けるようにしたかったのか。
目的によって、改善後の時間の使い方は変わるはずだ。
もし残業を減らすための改善だったなら、空いた時間に新しい仕事を入れてしまえば、当初の目的から離れてしまう。
一方で、生産能力を高めることが目的だったなら、空いた時間を新たな生産に使うのは自然なことだと思う。
同じ改善でも、何を実現したかったのかによって、成果の捉え方は違ってくる。
もうひとつ、気になることがある。
会社では、社員の手が空いていることを、あまり良くない状態として捉えることがある。
仕事が早く終わったなら、次の仕事を探す。
余裕があるなら、もっと仕事を任せる。
そうして、いつの間にか、忙しく働いていることが当たり前になっていく。
でも、余裕があることは、本当に無駄なんだろうか。
急なトラブルに対応できる。
仕事の進め方を考え直せる。
新しいことを学べる。
あるいは、いつもより早く仕事を終えて帰ることもできる。
余裕があるからこそ、できることもある。
改善によって生まれた時間を、必ずしも別の仕事で埋める必要はないのかもしれない。
業務改善は、作業時間を短くすることだけが目的ではない。
その先に、どんな働き方や会社の状態を実現したいのか。
そこまで考えて、初めて改善の意味が見えてくるように思う。
仕事を減らすことには成功した。でも、忙しさを減らすことには成功していない。
そんな状態になっていないだろうか。
