新しいツールが登場する。
これまで1時間かかっていた仕事が、10分でできるようになる。
面倒だった作業を自動化できる。
今まで専門家に頼んでいたことも、自分でできるようになる。
便利なことは間違いない。
僕自身、生成AIを使うようになって、仕事の進め方が大きく変わった。
以前なら何時間もかかっていたことが、驚くほど短い時間で終わることもある。
だから、新しい技術やツールの可能性には、とても興味がある。
でも、ひとつ気になることがある。
便利なツールが登場すると、いつの間にか「使うこと」が正解になっていないだろうか。
AIを使っていない。
業務を自動化していない。
SNSを活用していない。
新しいシステムを導入していない。
すると、
「なぜ使わないんですか?」
「使ったほうが効率的ですよ」
「今の時代、使わないともったいないですよ」
という話になる。
もちろん、知らないことで機会を逃している場合もある。
便利な方法を知ることには意味がある。
でも、知ったうえで使わないという選択もあっていいはずだ。
例えば、毎月10分しかかからない作業を自動化するために、何時間もかけて仕組みをつくる。
便利なサービスを導入した結果、管理するアカウントや契約が増える。
新しいツールを覚えるために、今まで問題なくできていた仕事を一から組み直す。
それでも長期的にはメリットがあるかもしれない。
ただ、必ずしもそうとは限らない。
便利なものを使うことと、自分の仕事が良くなることは、同じではない。
そして、これは効率だけの話でもないと思う。
手間がかかっても、自分でやりたいことがある。
時間がかかっても、その過程を楽しみたいことがある。
あえて自動化せず、人が関わることに意味を感じる仕事もある。
そこに、必ずしも合理的な理由が必要だとは思わない。
ツールは本来、何かを実現するための手段だったはずだ。
ところが、便利なツールが次々に登場すると、
何に使えるだろう。
どう取り入れよう。
使わないと遅れてしまうのではないか。
と、ツールを中心に考え始めてしまう。
いつの間にか、道具に自分の仕事を合わせようとしている。
少し順番が逆になっている気がする。
便利なものは、便利なものとして知っておけばいい。
必要になったら使えばいい。
必要がなければ、使わなくてもいい。
使ってみて合わなければ、やめてもいい。
使えることと、使うことは別。
そして、
使わないことも、自分で選んだ判断のひとつ。
便利なツールが増えていく時代だからこそ、何を使うかだけではなく、何を使わないかも、自分で決めておきたい。
