会社では、いろいろなことが「問題」になる。
報告が遅い。
会議が長い。
情報共有ができていない。
若手が意見を言わない。
部署間の連携が悪い。
残業が減らない。
そして、
問題が見つかると改善しようとする。
でも、ときどき思う。
その問題で、実際に困っているのは誰なんだろう。
経営者が困っている。
管理職が困っている。
現場が困っている。
お客さんが困っている。
同じ会社の中でも、
立場によって見えている問題は違う。
たとえば、
「現場からの報告が遅い」
という問題があったとする。
管理する側から見れば、
必要な情報が上がってこないことが問題になる。
だから、
もっと早く報告するルールをつくる。
でも現場では、
報告する項目が多すぎて、
本来の仕事を圧迫しているかもしれない。
すると、
管理側の問題を解決するために、
現場の問題が大きくなることがある。
逆もある。
現場の負担を減らすために報告を減らしたら、
今度は経営側が状況を把握できなくなるかもしれない。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、
「会社の問題」
という言葉でひとまとめにすると、
誰が、何に困っているのかが見えなくなる。
そしてもうひとつ気になるのは、
実は誰もそれほど困っていないことまで、問題として扱っている場合があることだ。
昔からそういうルールだから。
一般的にはこうするものだから。
他社もやっているから。
理想的にはこうあるべきだから。
そうして、
「問題だから改善しよう」
という話だけが進んでいく。
問題を解決する前に、
少し立ち止まってみる。
誰が困っているのか。
何に困っているのか。
どれくらい困っているのか。
それが解決すると、
誰がどう変わるのか。
そこまで見ていくと、
最初に見えていた「問題」とは、
違うものが見えてくることがある。
問題解決は、
答えを考えるところから始まるのではなく、
誰の、何を、問題として扱うのか。
そこを決めるところから始まるのかもしれない。
