生成AIと話していると、
とてもよくできた答えが返ってくる。
文章として自然。
理屈も通っている。
自分では思いつかなかった視点も入っている。
読んでいて、
「なるほど」
と思うことも多い。
でも、ときどきある。
うまく説明できないけれど、
「いや、なんか違う」
と思うことが。
どこが違うのかは、まだ分からない。
反論できるほど考えが整理されているわけでもない。
AIのほうが、ずっときれいに説明している。
それでも、
なんか違う。
僕は、この感覚がこれからかなり重要になる気がしている。
AIの答えが明らかに間違っていれば、話は簡単だ。
間違いを指摘すればいい。
でも、AIが賢くなるほど難しくなる。
間違ってはいない。
むしろ、かなり正しい。
一般的には、その答えでいいのかもしれない。
ただ、
自分には、しっくりこない。
ここで、
「AIがこれだけきれいに説明しているんだから」
と受け入れることもできる。
でも、
「いや、なんか違う」
と返してみる。
すると、
「どこが違うんだろう」
と考え始める。
言葉にしてみる。
またAIから答えが返ってくる。
「そこでもない」
と返す。
それを何度か繰り返しているうちに、
最初は言葉にならなかった違和感の正体が、少しずつ見えてくる。
考えてみれば、
これはAIが登場する前からあった感覚だ。
会議でみんなが賛成している。
専門家がそう言っている。
世の中では、それが普通とされている。
でも、
「本当にそうかな」
と引っかかる。
これまでは、その違和感を言葉にするところまで、一人でやらなければならなかった。
今はAIが付き合ってくれる。
だからむしろ、
最初の小さな違和感を自分で捨てないことが重要になる。
AIが賢くなればなるほど、
「答えを出す力」の一部はAIに渡していける。
でも、
出てきた答えを見て、
「これは自分の答えではない」
と感じることまでは、
簡単には渡せない。
正しいか、間違っているか。
それだけではなく、
自分はこれをどう感じるのか。
AIの答えが上手になればなるほど、
最後に頼ることになるのは、
案外、
そんな曖昧な感覚なのかもしれない。
