新しいことを始めようとすると、目に見える結果が欲しくなる。
申し込んだ。
買った。
契約した。
始めた。
こういうものは分かりやすい。
「行動した」と自分でも思えるし、人にも説明しやすい。
反対に、
見送った。
断った。
やめた。
選ばなかった。
こういうものは、なぜか行動として数えにくい。
先日、空き家を一軒見せてもらった。
僕は今、使われなくなった家を譲ってもらい、できるだけ小さく手を入れて、また誰かが住める家にできないかと考えている。
だから実際に現地へ行って、家の中を見た。
古い家だった。
直すところも多い。
土地や建物以外にも、引き受けるものがいろいろある。
話を聞いて、歩いて、見て、考えた。
そして、
「今回はやめよう」
と決めた。
家は手に入らなかった。
事業も始まっていない。
お金も生まれていない。
目に見える成果だけなら、何も起きていない。
でも、本当に何もしていないんだろうか。
現地へ行ったから分かったことがある。
実物を見たから、自分が引き受けられるものと、引き受けられないものが少し分かった。
そして何より、
「最初の一軒が欲しい」
という気持ちだけで、条件の合わないものをつかまなかった。
もし「行動すること」が常に正しいなら、
買うほうが正解だったことになる。
でも、そんなはずはない。
これは仕事でも同じだと思う。
依頼を断る。
新しい事業を始めない。
誘いに乗らない。
続けてきたものをやめる。
何かを選ぶことだけが意思決定ではない。
選ばないことにも、意思はある。
前へ進むというのは、
何かを増やしていくことだけではないのかもしれない。
自分が行きたい方向ではないものを、
ひとつずつ選ばないこと。
それもまた、
自分の行きたい場所へ近づいているということではないだろうか。
