続けることは、いつから正しくなったんだろう

続けることは、いいことだとされている。

「継続は力なり」という言葉もあるし、何かを長く続けている人は、それだけで少し立派に見える。

僕自身、長く続けているものがいくつもある。

だから、続けることでしか見えない景色があることも知っている。

でも最近、ときどき思う。

続けることは、いつからそれ自体が目的になったんだろう。

始めた頃は、やりたかったからやっていた。

面白かったから続けていた。

そこには、もっと単純な理由があったはずだ。

ところが長く続けていると、少しずつ理由が変わってくる。

ここまで続けたから。

途中でやめるのはもったいないから。

周りが期待しているから。

やめたら負けたような気がするから。

気がつくと、

「やりたいから続ける」

ではなく、

「続けてきたから続ける」

になっていることがある。

もちろん、面倒だからやめることと、自分で考えてやめることは違う。

うまくいかない時期を越えた先に、面白さが戻ってくることだってある。

だから、簡単にやめればいいという話でもない。

ただ、

続けることを評価する言葉はたくさんあるのに、

やめることを評価する言葉は、あまり多くない。

何かを始めた自分と、

それを続けてきた自分と、

もう終わりにしようと考えている今の自分。

全部、同じ自分だ。

昔の自分が決めたことに、今の自分がずっと従い続ける必要はないのかもしれない。

続けた年月は、やめた瞬間に消えるわけでもない。

そこで得たものまで、なくなるわけでもない。

だとしたら、ときどき確かめてもいい。

僕はいま、やりたいから続けているのか。
それとも、続けてきたから続けているのか。

続けるか、やめるか。

その答えよりも、

自分がどちらの理由でそこにいるのかを知ることのほうが、大切なのかもしれない。

玉井 安行 / ホームポジションデザイナー

南信州を拠点に、小さな会社や経営者の「整理しきれないこと」を一緒に考える仕事をしています。

事業、採用、Web、生成AIなど、テーマはさまざま。でも、すぐに答えを出すのではなく、「そもそも何が問題なんだろう?」というところから考えることを大切にしています。

経営や仕事について、誰かと一度整理してみたいことがあれば、ご相談ください。
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